Dreaming Sunday

それは二人だけの秘密の合言葉。


*☆☆☆(ほしみっつ)*


ギルバートは悩んでいた。
端的に述べるのならば、携帯の送信ボタンを押すか押さないかでもう10分近く悩んでいた。
重要なメールかと聞かれたら、そうではないかもしれない。メールに書かれているのはこれだけ。

宛先:オズ
タイトル:☆☆☆
本文:なし

文字は一文字も書いていない。しかしそこに込めた意味を考えるとギルバートの指はなかなか送信ボタンを押すことができなくて。送ってしまえ、という当たって砕けろ精神の自分と、送って迷惑をかけたらどうしようと怯える自分がせめぎせめぎあっている。
独り暮らしの狭い部屋の中、ギルバートはうろうろと歩き回る。キッチンで水を一口飲み、携帯を開く。やっぱり無理だ。
窓を開けて煙草を一本吸う。気分が落ち着いて実行できるのではないかと思ったが、やっぱり無理だ。
もう逃避行動も思い付かずにギルバートはベッドに腰かけた。携帯を開いて、メール作成画面で止まっているそれをじっと見つめる。そしてそのあとふと見上げた時計の示す時間に愕然とした。逡巡するにもほどがある、時計の針は既に10時近くを指していた。これ以上先送りにするとメールすら送れなくなってしまう。
ギルバートは渾身の勇気を振り絞って送信ボタンに指をかけた。やっぱり、と迷いかけて、いや、とそれを振り払うようにぽちっとボタンを押す。
『送信しています』
僅かな時間のあと、画面は『送信しました』に切り替わってギルバートは安心すると共に、やってしまった、とベッドに突っ伏す。頭から布団をかぶってごろごろ。どうしよう、いきなりメールなんかを送って迷惑だったら。今夜は都合が悪い、と言われたら。
枕元に放り出した携帯が気になって仕方がない。数分が経ったが携帯はまだしんと黙ったまま。手元にないのかもしれない、お風呂にでも入っているのかもしれない。そう考えても気になって仕方がなく、ギルバートはつい何回も手を伸ばしては開き、落胆することを繰り返していた。
「〜♪♪♪〜」
突然鳴り響いた音に、ギルバートは勢い余ってがばっと身を起こす。オズからだろうか、さっきの返事だろうか。そろそろと画面を開き……ギルバートは思わず肩を落とした。
『今週のお得情報!今週は野菜がお買い得、野菜詰め放題情報アリ!』
ただの広告メールに苛立ちすら覚える。なにもこんなときに送ってこなくても!怒りのままに消去ボタンを押そうとして思い止まった。一応読んでおいたほうがいいだろう。週末にオズが来るのなら、なにか安い食材を調達できるかもしれない。
はぁ、とため息をついてギルバートが携帯を元の位置に戻した直後。携帯がもう一度鳴り響いた。
ギルバートの心臓ももう一度高鳴る。緊張しながら画面を開いて……そのあと頬が緩むのを抑えられなかった。

送信者:オズ
件名:(^○^)(^〜^)
本文:鍵閉めないで待ってろよ?

欲しかった返事に否が応にも顔が笑ってきてしまう。オズが来てくれる。こんな夜中だというのに、だ。
オズが部屋に来ると意識した瞬間、ギルバートはがばっとベッドから起き上がった。こうしてはいられない。支度をしなければ。
ティッシュは、ある。オイルは……なんの香りがいいだろう。オズが選びたいだろうか。とりあえず出しておけばいいか、とベッドサイドのテーブルに並べておいた。
寝転がってくしゃくしゃにしてしまったシーツを新しくしてぴんと張る。クッションもいるだろう、とベッドの上に置いておいた。
これでいいだろう。さて、お茶でも沸かそうか、とギルバートは部屋を見回し……急に恥ずかしくなった。明らかに準備が整いすぎである。オズになにをしてもらいたいか期待しているのがそこここから滲み出している。駄目だ、こんなあからさまな。もっといつもどおりに、と考えたところで玄関のベルが鳴った。
心臓が痛いくらいにどきりとして、意味もなく狼狽える。しかし出ないわけにはいかない。
玄関に向かってドアを開けるとそこにいたのは勿論オズ。ギルバートを見てにこりと笑う。
「こんばんは、ギル。手土産とかないけど、オレだけあれば十分だよね?」
オズらしいそのセリフに、顔と身体が熱くなる。自信たっぷりだけど、そのとおりなその言葉。
オズは靴を脱ぐと部屋にどんどん入っていく。ギルバートはそのうしろでオズの靴を揃え、ドアに鍵をかけた。
独り暮らしの狭い家、部屋はリビングルームとベッドルームしかない。オズは真っ直ぐにベッドのある部屋へ向かうとドアに手をかけた。準備を整えすぎたそこを見られるのが恥ずかしくてたまらなく、ギルバートはついどうでもいいことを口走っていた。
「えっと、お茶を入れるな。なにがいい?紅茶でもコーヒーでも……」
オズはそんなギルバートにちらりと視線をやり、呆れたような表情を浮かべた。中に入るとベッドにのぼり、靴下を脱ぎ捨てる。露になったオズの白い脚にギルバートの心臓はどきりと高鳴り、そして思わず唾を飲み込んでいた。
「お茶なんかどうでもいいよ。あれはお茶を飲みに来て欲しいって意味だったの?」
「あ……えっと……それは……」
言葉に詰まるギルバートをオズはじっと見つめ、そしてそっと手を伸ばした。
「おいで、ギルバート」
優しいその声音にギルバートの心臓は簡単に高鳴り、吸い寄せられるように近付いていた。
「わ、」
オズの腕が腰に回って思いっきり引き寄せられ、バランスを崩したギルバートはベッドに倒れ込んだ。オズを下にした格好に心臓が潰れてしまいそうなほど騒ぐ。
「あんなメールもらっちゃって、オレもその気で来たんだよ?それなのに焦らすの?もっとムードを作らなきゃいや?」
「そ、そんなつもりじゃな……」
間近で囁かれるオズの声。ぞわりと背中を期待感が這い上がり、それだけで下肢が熱くなってきてしまう。
オズが下から手を伸ばしてギルバートの頬に触れる。柔らかい手に撫でられて、ただ触れられているだけなのにそこから熱を持ちそうだ。
「もう待てないよ。お前を抱いてもいい?」
囁かれた言葉にぞくりと感じてしまう。
言わなければいけない。夜中に来てくれて、欲しいと言ってくれて。オズにあげられるのはこれしかなかった。
「オズの好きなように……してほしい」
精一杯の勇気を振り絞ったギルバートの言葉にオズは嬉しそうに笑みを浮かべ、そのままギルバートの頬を引き寄せた。オズのやわらかなくちびるに重ねられて、興奮と安心を同時に感じてしまう。いつのまにか体勢を入れ換えられて、オズに組み敷かれていた。甘えるように腕をオズの首に絡めてしまっても、オズは「しょうがないな」と受け入れてくれる。
この先の期待にギルバートはもう一度キスをねだっていた。


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2011.07.23.





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