銀の聖夜、降積る
銀の雪が降る夜はなにかが起こるというけれど。
エリオットはふらりと出たテラスで空から白いものが降ってくるのを目にとめた。
部屋の中……ラトヴィッジ校のホールでは、パーティーの最中。今夜は全校生徒での聖夜祭が行われている。今は丁度ダンスの音楽が流れているところで、生徒たちは学生の立場を忘れて擬似的な社交界を楽しんでいる。
貴族のたしなみであるダンスは一応身につけているものの、エリオットはあまりそれが得意ではなかった。ステップを踏むのも、女性をリードするのもあまり楽しくない。それなのに、少なくないのだ、エリオットにダンスを申し込む女生徒は。
あまり無下にすることもできず、何曲かは付き合いで踊ったものの、「次はミス・エイダ=ベザリウスを誘ったら」と持ちかけるリーオを振り切って、風にあたりたいとテラスへ出た。
わかっている。ベザリウス家に対する確執が薄れた今、友人であるオズの妹であるエイダを誘うのはごく自然なことであり、そうすればきっと両家の関係もよい方向へ向かうはずだ。
しかしどうにも億劫でならなかった。
百歩譲ってダンスはいい。音楽は好きだから、リズムに乗るのは嫌いではない。
だが手を取り合い踊る間の相手の視線に堪えられないのだ。
なにかを期待するような、熱を持ったそれ。そんな視線を向けられても応えることなどできないし、それに。
悔しいことにそんな視線を向けてほしい人物はエリオットの心に一人しかいなかった。
そしてその人物はそんな目でエリオットを見ることなどない。多分、いやきっと、永遠に。
心に浮かんだその人物の影を振り払うように頭を振り、白い雪が舞い降りる空を眺める。ちらちらと落ちてくる雪に生徒たちが気付くのにはまだ少しかかるだろう。それほどその雪は細く、小さく、ささやかな存在感しか持っていなかった。パーティーに夢中になっていれば、きっと尚更。
見えるか見えないかも危うい存在なのに、夜の空気はひんやりと冷え切り、確かにこれから雪が積もるであろうことを伝えている。
皮肉なものだ。こんなに綺麗なのに、一緒にやってくるのはなにもかもを眠らせる寒い冬。ぞくっと寒気が背中を這い、エリオットは薄着で外に出てきてしまったことを少しだけ後悔した。これだけ体を冷やして戻ればリーオにお小言を言われるのは確実だったけれど、まだこの冷たさに身を置いていたい気持ちが勝った。
もう少しだけ、と視線を更に遠くへやって。視界に入ったものにエリオットは自分の目を疑った。
いや、だってそんなことがあるわけは。
確かにこの聖夜祭が終わればそのまま冬期休暇に入るわけで、よって学校の正門前に迎えの父兄や従者が来ていること自体はおかしくない。なのにおかしいだろう、家族でも使用人でも(ああ、確かに彼は使用人ではある。しかしエリオットの家の、ではないのだからやはりその表現は当てはまらない)ないその人物がそこにいるというのは。
瞬時に考えた。彼がそこにいる理由を。
レインズワースのお嬢様が、ラトヴィッジ校に来ているとか。いや、そんなことがあるわけはない。彼女は時を止めた契約者で、そういった者は表舞台にはあまり顔を出さないのが常、こんなところに来ていて騒ぎにならないはずがない。
では、他に誰か待っている人物がいるのか。
義兄であるギルバート?いや、ギルバートが今日ここに来るという話は聞いていない。「聖夜祭に紛れて違法契約者が動くかもしれないから行けないと思う、すまない」とかわざわざ言っていたくらいだ。
それともオズ?それこそありえないだろう、あのときと同じく侵入してきたとしても、オズの性格上エリオットの前に顔を出さないということはありえない。
だとすると、だとすると。
そこまで思考が及んだとき、エリオットは身を翻すと部屋へ飛び込んでいた。先刻と同じように優雅な音楽が流れ、生徒たちが談笑を交わす会場の人目につかないような壁際を走り、幾分苦労したものの、広いホールを抜ける。
そこから先は簡単だった。時折給仕に動く使用人しか通ることのない廊下を抜け、階段を駆け下り、正面玄関から正門へと飛び出す。少し周りを見回してすぐ見つけた。途端にエリオットの心臓が掴まれたようにきゅっとくびれる。そう、さっきテラスからその姿を見つけた時と同じように。
肩に少し雪を乗せて、相棒の人形を弄んでいる男、ザークシーズ=ブレイクがそこに佇んでいた。
周りには気の早い迎えの馬車がいくつか停まっていたが、まだパーティーの終了時間までには少しある。従者も御者も、それから迎えに貴族の家柄の人物がいたとしても、おそらく寒さしのぎにどこかへ行ってしまったか、馬車の中で暖をとっているかどちらかだろう。
つまり、そこにいる人物は彼一人だけだったのだ。
「なにしてるんだ、こんなところで」
動揺を悟られまいと、平静を装って話しかける。いくら冷静を装ったって、階段から駆け降りてくるところを見られていたかもしれない、と思い及んだのは声をかけた後のことで、つまりはあとの祭りだった。ブレイクはエリオットのほうへ視線を向け、にこりと笑う。
「おや、もうパーティーはお開きの時間ですカ?」
「いや、まだあと少し……じゃない、なんでお前がここにいる」
答えになっていないその質問に律儀に返事をしてしまい、エリオットはもう一度訊き返した。
それは重要な質問だった。少なくともエリオットにとってはとても。だって、答えを聞くまでは期待し続けるままだ。
もしかしたら、……自分に会いに来てくれたのではないかと。
「いやー、寒いですネー。少しだけと思ったら、雪まで降ってきて」
「ケケケ、ブレイクは若いのは外見だけで年寄りだからな!」
「うるさいですヨ、エミリー。それに私はまだ年寄りというほどではありまセン」
それなのにエリオットの言葉をまるっと無視して腹話術で一人会話を続けるブレイクに、エリオットの心は焦れてたまらなくなる。期待を持たせられ続けるのならば、いっそ通りがかっただけとか、誰ぞの迎えを頼まれたとか、そんな理由を口に出してほしかった。時間をかけらればかけられるほど、きりきりと心は苦しくなって。
そんなエリオットに気付いているのかいないのか。
多分気付いているのだろうけど。いつもエリオットの気持ちなんてお見通しという目をする彼のことだ、全てわかって焦らしているのかもしれない。ブレイクはぽんとエミリーを肩の上に戻すとようやくエリオットに視線をあわせた。
「まさかこんなに待つとは思いませんでしタ。由緒正しいラトヴィッジ校ならもう少し良い子の時間にお開きだと思ったんですケド」
「……それは、」
頭の中で思考がぐるぐると渦を巻き、纏まらない。それは、都合のいい解釈をしていいのだろうか。なにか言わなければと口を開き、しかしその言葉は途中で止まってしまう。
エリオットとブレイクの間に沈黙が落ちた。堪えきれずにエリオットは視線を落とす。
駄目だ、都合のいい答えしか思い付かない。なにか言わなければいけないのに、物凄く思い上がったことを言ってしまいそうでなにも言えない。
そんなエリオットの肩にブレイクの手が置かれた。今夜のパーティーのために誂えた、ナイトレイ家の身分を示す、黒と青の盛装。そこにブレイクの手が触れ、辿っていく。体はとっくに冷えているのにそこから火がつきそうだ。忘れていた熱が頬にものぼってくるのを感じた。
「さっきテラスにいたでしょう。外に出るには少し薄着過ぎると思いますガ」
「それはっ……」
見られていた。
言われた瞬間に頬が熱くなる。
一体どこから見られていたのか、エリオットがブレイクに気付く前か、まさかテラスに出ていくところからか。決して口に出すことのできない期待はますます胸に渦巻き、いっそ吐き出してしまいたい。
オレを待っていたのかと。
会いに来てくれたのかと。
問いたくてたまらないのにどうしてもそれを言葉にすることができなかった。言葉にしたら否定されるに決まっている。
「そんなわけないデショ。もしかして会いに来てほしかったんですカ?」。
薄く笑って言われる様子が容易に想像できた。
そう言われてしまったら、「そんなわけない」と突っぱねるしかできない。だから。
「パーティーは楽しかったですカ?ラトヴィッジ校の聖夜祭はかなり盛大に行うと聞きましたガ」
「……あんまり、楽しくは。確かに料理はいつもよりうまかったし今はダンスも」
言いながら歯がゆく思った。
言いたいのはこんなことじゃない。パーティーのことなんてどうでもいい。言いたいのは、訊きたいのは。
「そうですカ。まぁ、つまらなさそうにしてましたもんネ。お坊ちゃんがテラスなんかに逃げ込んじゃったら寂しがるお嬢様も多いでしょうニ」
「……どうでもいい、そんなこと」
「……エリオット」
途端、空気が変わった。思わず視線を上げてしまって、意図せずにその紅い目と見つめあう。
この男がエリオットを名前で呼ぶことなどそうそうない。そしてだからこそ、それはエリオットに伝えてくる。
今が特別なときである、そのことを。
「来ますか。私の聖夜祭に」
数秒ぼんやりとしてしまったのは、その眼があんまり綺麗だったから。からかう色も馬鹿にする色もない眼は滅多に見られるものではない。慈しむと言っても差し支えないような優しげな目で見つめられて、それだけでかぁっと心が燃えるように熱くなったのはそれから数秒後。
もう先程あれだけ悩んだ答えは要らなかった。この問いこそが欲しかった答え。頷く以外にエリオットになにができただろう。
パーティーも学校ももうどうでもいい。求めてもらえるのならばついていくだけ。
そんなエリオットにブレイクは少し視線を緩ませて手を伸ばした。エリオットのブレイクには少し足りない身長の頭を撫で、そこからさらさらと雪が落ちる。
雪が大粒になってきたのか、とエリオットが考えたときだった。髪になにかが触れたのは。
目の前にブレイクの首元が近く、ごく近くに見えていて、髪にくちづけを落とされたとそれで知る。壊れてしまいそうな鼓動を感じながら、寒さと心臓の熱さにエリオットは小さく息をついた。
そのあと肩を引き寄せられて連れて行かれる間にも、雪は静かに落ち続けていた。
銀の雪が降る夜はなにかが起こる。
白くて、冷たくて、いつの間にかエリオットの心にしんと降り積もっている。そんな雪に似た男のせいに違いない。
だから今日だけは、きっと少し我が儘をしても赦される。勇気を出して掴んだ腕を、少しだけ前を歩く男は振り払うことをしなかった。
END.
>>side Break?
+++++
正面からエリーに向き合わせようとしたら、ブレイクさんがやたら照れました。照れ隠しにエミリーと会話してみたり。やたら乙女チックなのはもう…クリスマスなので仕方ないです…。
あとブレイクさんの聖夜祭は性夜祭とかでは決してないですよ!決してそんなことはないです。このブレイクさん、エリーに落ちかけてます。弄んでやろうとか、そういうのではなくてですね…なんだ、割と純粋なお誘いです。
ブレイクさんが面白半分に手を出しているところを書くのは全く恥ずかしくないのに、ブレ←エリからブレ→←エリになりかけている話はとても恥ずかしいですね!
まぁクリスマスなのでエリーにプレゼントです。たまには白子もあまいブレエリを書くんだぜ!ということで。
そして実はこれ、ブレイクサイドの話もあります。
興味のある方は上記のリンクからどうぞー。
2010.12.25.