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わかめスープ、インスタント

「ただいまーっ!ギル!ギル……いないの〜?」
玄関の扉を開ける音のあとに、バタバタと駆け回る音。足音は目的の人物が見付からないと悟るとキッチンに入ってきた。
疲れたような顔をしている少年の名はオズ。お腹を空かせて学校から帰ってきたのに、おやつか軽食を用意してくれる従者はどこにも見当たらない。ぶつぶつ言いながら戸棚を開けた。
「もー、ギルったら肝心なときにいないんだから……仕方ないな〜」
そこにあったのはインスタントのスープの箱。例の従者に「オレがいないときにお腹が空いたら食べるといい」と言われているものだ。今回のこれは初めて食べるものだけど、ギルバートが選んだものならまずいことはないだろう。
カップを用意して、その中にインスタントスープの素をさらさらと入れた。中身はフリーズドライのわかめに粉末スープ、ネギにゴマ……ごく当たり前のものだ。
そこにポットからお湯を注ぐ。かき混ぜようとして……オズは忘れていたことに気付いた。
「手、洗わなきゃ。またギルに怒られるっ」
彼の従者はまるで母親のごとく、その手の類いのことに厳しい。外から帰ってきたらまず言われるのが手洗いだ。今はいないのだからパスしてしまってもいいのだが、ずっとそうされていたから食べる前に手を洗わないのは気持ちが悪い。
よってオズはお湯を注いだスープをほったらかしにして洗面所へ向かった。そのわずか数分の間にとんでもないことが起こるなんて、当然思ってもみなかったのだ。


「……なにこれ」
手を洗ってキッチンに戻ってきたオズが見たもの。それは信じがたい光景だった。
そこには確かにスープのカップがあったはずだ。しかし今その場所に存在するのは黒髪の青年だった。髪からぽたぽたと水を垂らしながらカップを置いたテーブルに腰かけていた。
それだけならまだしも、オズが呆然としたのはその容姿がどう見ても彼の従者そのものだったからだ。
「……ギル?なにしてんの?」
呆然としたまま問いかけるも、青年はきょろきょろとあたりを見回している。
「『ギル』?お前は食べ物に名前をつける趣味があるのか?」
「ないよ!ないけど……なにふざけてるんだよギル!悪戯が過ぎるだろ!」
憤慨するオズだが、どう見てもギルバートの容姿の青年はきょとんとしている。
「誰かに似ているのか知らんが、オレは『ギル』とやらではない。オレはほら、それだ」
「え……?」
青年が指差したのは、先ほどのインスタントスープの箱。確かにスープは影も形も見当たらない。そしてスープがあった場所には青年……。
だからといって、普通はそんな突飛なことがすぐに信じられるわけがない。しかしオズは別だ。
オズの特技はその順応性。ギルバートがふざけているだけにしろ、本当にスープがギルバートそっくりの青年になってしまったにしろ、比較的あっさりとそれを受け入れてしまった。
「ふぅん。じゃあお前はそのスープだって言うんだ?」
「だからそう言っている。お前が作ったから完成した。当然だ」
「なるほどねぇ」
オズは青年に歩み寄ると、顔を近付けた。確かにインスタントスープの匂いがする。あながち間違いでもないのかもしれない。
「オレさぁ、今すっごくお腹空いてるんだよね。お前がスープだって主張するなら食べてもいいってこと?」
「それは……当たり前だ。早く食べないと冷めるぞ」
青年は顔を近付けたオズに頬を染めるが、すぐに視線をそらしてそんなことを言う。その仕草も口ぶりも、ギルバートそのものだ。
人の姿をしたスープなど本当なら食べられるものではない。しかしギルバートの姿をしているのなら話は別だ。オズにとってはなんの問題もなかった。
「へぇ。じゃあ……いただきます」
テーブルに座る青年の肩に手をかけ、手始めに口付ける。その口の中も出汁の効いたスープの味がした。


「ふぅー……ごちそうさま。なかなかおいしかったよ」
「そう、か……それなら……良かった……」
ことが済んで。オズは満足して青年の身体を離した。
不思議なことに食欲も満たされていた。信じがたいが本当にこの青年はスープだったらしい。
テーブルの上に横たわったままくたりとしている青年は満足げにふにゃっと笑うが、その身体が淡い光を放ち始めた。
「な、なんだよ、これ?」
オズはその様子に焦りを覚える。青年の姿がだんだん薄くなりはじめているのだ。
そんなオズとは対照的に、青年は嬉しそうににこっと笑った。
「オレはスープだから。食べ終わればなくなる、当たり前だ。おいしく食べてもらえて嬉しかったぞ」
「そ、そんな……そんなのって……そうと知ってれば食べなかったのに!」
混乱して叫ぶオズに、青年がそっと手を伸ばした。オズの頬に触れる。
「いいんだ。気に入ってくれたなら、またオレのスープを作ってくれ。そうすればまた会えるから」
「本当に!?本当にスープを作れば会えるんだな!?」
「ああ。……ありがとう、オズ……」
必死に問いかけたオズの目の前で、ギルバートの姿をした青年は淡い光の粒になって消えた。あとに残されたのは、カップとその底にほんの少し残ったスープの残骸だった。
さっきまでそこにいたのに。空腹を満たしてくれたのに。
オズは涙混じりに叫ぶしかなかった。
「ギル……ギル……わかめスープー!!!」


そして今日もオズはわかめスープの袋を手に取る。
「これがいい。次もこれ買ってきて」。毎回そうリクエストするオズに、ギルバートは「そんなに気に入ったのか?」と不思議そうな顔をしながらもわかめスープを常に棚に買い置いてくれる。
わかめスープがギルバートの姿を取ったのは、ギルバートがオズのためを思って買ってきてくれるからなのかもしれない。ギルバートに内緒でもう一人のギルバートに会っているようで、オズは今日も密かな楽しみに浸るのだ。


END.


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昔の作品救済シリーズ。ブログにて妄想したわかめスープの話です。なんか『オズとわかめスープのハートフルストーリー』って書いてあった。どこがだ。


再録:11.01.16.



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