Dreaming Sunday

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Sweet candy&Sweet pain

夏風邪はバカが引く、と言うけれど。
自分の従者が世話をしてくれながら笑って言った言葉が、エリオットの頭の片隅にやけにくっきりと残っていた。
外は強い日差しの落ちる夏日。だけどエリオットの身体が火照るのは、暑さのせいだけではないだろう。
夕べ寝る前は少しの頭痛だった夏風邪は、朝起きてみれば立派に熱を出し、喉を枯らし……症状をあらわにしていた。
寮母へ、学校へ連絡をしてくれたリーオも、気遣いながらも一人で登校していった。「僕も休もうか」と言ってくれたけれど断ったのだ。
もう子供ではないのだし、薬を飲んだらおとなしく寝ているだけなのだから世話など必要ない。逆に移してしまっても困る。
そしてもっと重要なことに、今日はリーオにとってどうしても出たい授業がある。本の好きなリーオが一番好きな授業、図書館史。自分のせいで欠課になどさせたくなかった。
リーオを送り出して静かな部屋の中、エリオットは眠ろうと目を閉じていた。普段はとっくに登校している時間、こんな時間までベッドにいることなどいつもはない。その違和感のせいかなかなか寝付けなかった。
(あいつ……)
どうしてるかな。
熱でぼんやりと霞む思考の中、エリオットの頭に浮かんだ人物。どう見ても風邪など引きそうな人種ではなかった。風邪で寝込むなんて想像ができない。
どうしているだろう。
また仕事をサボってなにかしているのだろうか。それとも今日は、バルマ家の使用人である友人に無理やり仕事に連れ出されているのだろうか。
それとも、もしかしたら義兄であるギルバートと……。
そこまで無意識のうちに想像して、エリオットははぁ、とため息をついて寝返りを打った。
やめよう。こんなときに考えてもいい方向に向くわけがなかった。
目を閉じて頭から思考を追い出そうとする。
それでも、たった四文字の言葉をどうしても追いやれなかった。
剣の対峙でもいい。
酷いことをされてもいい。
傷つけられてもいい。
それでも。
(……あいたい)


「……?」
ふわふわ漂っていた意識の中、違和感を感じてエリオットは薄く目を開けた。その途端にばらばらと顔になにかが落ちてきた。かさかさ軽い感触と、固くて少し痛い感触が一緒に降ってくる。突然のことに、エリオットの体は凍りついた。
「なっ……!?」
「あーあ、落としちゃいマシタ。あと2つで10個積めるところだったのに」
「お、……お前……!?」
謎の物体が顔面に落ちてきたことと、そしてそれ以上にそこにいた人物にエリオットの眠気は一瞬にして吹き飛んだ。勢いよく起き上がって、途端に咳き込んだ。
乾いた咳をするエリオットを、そこにいるはずのない人物……ザークシーズ=ブレイクは肩を押してベッドに戻らせた。寝かしつけられたことにむっとしたけれど、起き上がった瞬間に襲ってきた目眩にくらくらしていたところだったので、エリオットはしぶしぶされるがままになった。
ブレイクから視線をそらしてかけられた布団を見ると、色とりどりのキャンディーが転がっていた。どうやらさっき顔面に食らったのはこれだったようだ。
残念そうに言った言葉から察するに、酷いことをするもので、寝込んでいる病人の顔にキャンディーを積んで遊んでいたらしい。
わけがわからない。どうしてこいつがここにいて、オレの顔にキャンディーなど積んで遊んでいるのだろうか。エリオットの頭に疑問が浮かんだ。
「なんで、……ここに」
本当はもっと色々言いたかったけれど、エリオットの想像以上に枯れていた喉は、長く喋るのはやめてくれと訴えていた。仕方なく一番聞きたいことだけを質問する。
ブレイクは勝手にエリオットのベッドの端に腰掛けながら、自分がばらまいたキャンディーの包みを剥いていた。赤い水玉の包み紙から現れたのは、赤いキャンディー。キャンディーと同じ色の瞳をした眼がエリオットに向けられる。
「なんでって、わかりませんか?こういうのは『お見舞い』って言うんデスヨ」
「……人の顔に、飴をぶちまけるのは、見舞いとは言わない」
「それは君が動いたからデショ。あとちょっとで完成するところだったのに」
「ひとの、せいに、……げほっ」
どこの世界に、寝ている間に顔面にキャンディーの塔を作られていると予想できる人間がいるだろう。人のせいにするなと反論しかけたが、喉の痛みが襲ってきてエリオットは咳き込んだ。
そんなエリオットをブレイクはいつもの感情の滅多に現れない眼で見つめていたが、不意に手を伸ばすとサイドテーブルの水差しを掴んだ。コップに水を注いで差し出してくる。
エリオットはそれを見て、これは夢なのではないかと思っていた。
そもそもブレイクがここにいること自体がありえない。どうやって寮母を言いくるめたのだろう。
そしてこんなに優しくしてくれることなど普段はない。
きっと都合のいい夢を見ているのだ。エリオットはそう結論づけた。
「要らないんデスカ」
「……要る」
起き上がろうとも手を伸ばそうともしないエリオットに、ブレイクは焦れたとでも言いたげに一言だけ呟いた。夢なら享受してしまってもいいだろう。エリオットは熱にかすんだ思考でそう決めて、起き上がるとコップを受け取った。
渡されたコップは予想に反してひんやりしていた。その冷たさが気持ちよくて手で包み込む。
そうしてから中身を口に含めば柔らかい冷たさが口に広がった。熱で上がった体温には気持ちがよくて、ゆっくり水を飲む。そうしながらやっぱり夢らしい、とエリオットは考えた。
確かにリーオがそこに水差しを置いていってくれたけれど、あれはもう2、3時間も前のことだ。こんなに冷たい水が入っているわけはない。親切な夢だな、とエリオットは他人事のように考えた。
エリオットが水を飲み干すのを見届け、ブレイクは手を伸ばしてきた。それに促されてコップを渡す。ブレイクはそれを受け取るとキッチンのほうへ持っていった。その様子はとても初めて入った他人の部屋での姿には見えなかった。
キッチンから水の音がするのを聞きながら、エリオットは再びベッドに潜る。
何気なく時計に目をやれば、既に昼近くになっていた。道理で暑いはずだ。
ブレイクはすぐにキッチンから戻ってきた。パンドラ内で見かけるときは大抵ふらふらしているかお茶をしているかだから想像もできなかったが、コップを洗ってくれたらしい。ベッドに入っているエリオットの近くに膝をつくと、手を伸ばして額に触れてきた。どきっと心臓が高鳴ったのを感じながらもそれすら心地よく思う。
「んー、まだ熱いデスネェ」
独り言のように呟いたあと、ブレイクの手は離されて代わりにタオルが乗せられる。それもさっきのコップや水と同じようにひんやり冷たかった。
「なんで、……見舞いになんか……」
さっき感じた疑問がそのままエリオットの口から零れた。キャンディータワーはともかく、確かにこれは『お見舞い』のようだったから。
「そうデスネェ……バカが引くっていう夏風邪を見てみたかったから?」
「ふざけ……」
思わず言い返しそうになって、喉の痛みに口をつぐんだ。そんなエリオットの髪に、ブレイクの手が伸ばされる。固めの髪に、ブレイクの指が絡められた。熱のせいでなく、エリオットの鼓動が早くなる。
こんなふうになど、最中でなければ触れてこないのに。
これはやっぱり夢なのだろう。
だけど夢でもかまわなかった。会いたいと思っていた人物に会えたのだから。
「だって、つまらないデショ。いつもきゃんきゃん吠えてる子犬が静かだったら」
「誰が犬っ……」
あまりの形容にむっとしたエリオットだったが、しばらくして気付いた。
もしかして、心配、されているのだろうか。
「だから早く治しなさい。子犬はうるさいくらいがいいみたいですし」
「……うるさい」
嬉しさと切なさが込み上げてきて、憎まれ口は涙声になってしまった。顔を見られないように掛布団を引き上げる。するとその手を握られた。
ブレイクの温かい手の感触に、再び涙が滲んだ。
いいんだ、夢でも。こんなに優しくしてもらえるなら。
夢と現実が曖昧に霞んでいき、エリオットの意識は再び眠りに沈んでいた。


かちりと鍵の鳴る音で、エリオットは目を覚ました。すっかり日は傾いて夕方近くになっている。
ドアの音がして誰かが入ってくる。足音と気配でわかる、これはリーオのものだ。
そのことで思い出してふっと横を見る。そこには当然ながら誰もいなかった。
(そう、だよな、夢は夢だし……)
寂しさを覚えながらもエリオットの目はベッドにできた不思議な空間をとらえていた。
そう、まるで誰かがそこに座っていたかのような。
そんなはずはない、見間違いだ。エリオットは自分に言い聞かせると、そっと起き上がった。少しふらつく感じはあったものの、昼前に起きたときよりずっとよくなっていた。
(いや、でもあのとき起きたと思ったのは夢みたいだし)
夢だったのか現実だったのかが曖昧になったエリオットが悩んでいると、リーオが部屋に入ってきた。
「ただいま……あ、起きてたんだ。どう?少しはよくなった?」
リーオの姿と言葉に、これは現実だと確信を持ってエリオットは頷いた。
「おかえり。ああ、だいぶよくなったみたいだ」
「そう、良かった。寮母さんが『ぐっすり寝てるみたいだったからお昼に起こさなかった』って言ってたから心配だったんだよね。お腹空いてる?」
「んー……少し」
「じゃあなにか頼んでくるね。その前にお茶でも入れようか」
リーオと何気なく会話をしながらエリオットの意識は既に夕ご飯へと移ろうとしていた。一日なにも食べなかったおかげで空腹だ。喉も渇いた。
お茶の前に一杯水をもらおうと、エリオットはばさっと布団をのけた。
その衝撃でなにかが床に落ちる音がした。こん、とごく軽いものが落ちる音。
なんだろう、と正体を探して……エリオットは息を飲んだ。そこには青い包み紙のキャンディーが一つ転がっていた。
キャンディーなど元々この部屋にはない。そしてそのキャンディーには見覚えがあった。
(夢じゃ、なかった……?)
つまみあげてみても、やっぱり昼間見たものに違いない。
夢ではなかったのだ。ブレイクが来て、人の顔面にキャンディーを積み上げて、水を飲ませてくれて、濡れタオルを乗せてくれて……手を握ってくれたのは。
見回してみれば、確かに朝はなかった濡れタオルが枕の脇に落っこちていた。
(……嘘だろ?)
鼓動が急激に早くなる。小さな痕跡からブレイクの影を見つけてエリオットの顔が熱くなっていった。
そこへキッチンからリーオの不思議そうな声がした。
「エリオット?コップ、洗ったの?そのままにしといても良かったのに」
もう一つあった。
もうダメだ、認めるしかない。エリオットは小さく唸るとぎゅっと布団を握りしめた。
夢だったら良かったのに。
そうすれば寂しい後味だけで終わったのに。
あんな優しくされた記憶を現実に残されてしまっては、痛みが増すばかりだ。
(……好きだ……、だから……)
あんまり優しくしないでほしい。
望みを叶えられたらもっととねだってしまいたくなるから。
それでも今は、ブレイクの残していった痕跡がこんなにも嬉しくてたまらない。
再び涙が零れそうで、エリオットは小さなキャンディーをぎゅっと握りしめると布団をかぶった。
少しだけでいいから、想わせて。
リーオが熱い紅茶を入れてくれるまでの時間だけでかまわないから。


END.


*****
今年は早々夏風邪を引きました。そのときに思いついた話です。
ブレイクさん、ブレエリ部屋なのにようやくの初登場です。この話のブレイクはちょっとエリーに落ちかけてる感じですね。珍しく優しいです。
そしてエリーはそんなふうに優しくされてきゅんとしちゃえばいいじゃない!たまには報われればいいじゃない!
多分エリーはこの青い飴をこっそりとっておくんですよね。かわいいなぁ、んもう!


10.07.30.



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