春に咲く東の花〜Break*Sharon remix〜
「お嬢様、ギルバート君がくれましたヨ。早速飾りますネ」
「まぁ、cherry blossomですわね。珍しい」
今日は暖かないい日和。自宅であるレインズワースのバルコニーで紅茶を飲んでいたシャロンの元に届けられたのは桜の一枝だった。細く伸びた枝に、可憐なピンク色の小さな花をたくさんつけている。紙に包まれた枝を手にするブレイクはピンクが似合う、とシャロンはつい一瞬見とれた。
オズは花を好むしギルバートも(シャロンにとっては少し意外なのだが)あれでいて花や植物に造詣が深い。しかしブレイクに似合うのは花というより、キャンディー、ケーキ、甘い菓子。そんなブレイクに似合う花があるというのは新しい発見であった。
「綺麗ですわね。東の国ではたくさん植えられているらしいですわ。一度見てみたいものです」
「見られますヨ。お嬢様ならば、いつか」
包みをほどいて水を張った花瓶に桜をいけながらブレイクが言う。その言葉はやさしい響きを持っていたけれど、その裏側に残酷な真実を隠している。次に桜の咲く季節まで彼が生きているのか危ういものだというそのことを。
だからブレイクは言わないのだ。「私が見せてあげますヨ」などとは絶対に。
彼は果たせない約束など口にしない。それが彼なりの優しさなのだとシャロンはよくわかっていた。
それでも願ってしまうのだ、「私が見せてあげますヨ」と言ってくれればいいのにと。嘘になってもいいから約束してほしいと。
「ブレイク、桜の花言葉を知っていらっしゃいます?」
でもそんなことはねだれない。彼を見送るそのときに、後悔などさせたくない。かわりにそんな質問を投げ掛ける。
シャロンに問われたブレイクは、花瓶にさした桜の枝を見目がいいように整えながらシャロンのほうを見た。少し考える様子を見せてから首を振る。
「イイエ。私は花には詳しくありませんから。お嬢様はご存知なのデスカ?」
博識な彼でも知らないことがある。当たり前のそのことも、ささやかな喜びだ。
シャロンは軽く微笑んで口に出す。いつか本で見た、桜の花言葉。
「『あなたに微笑む』ですわ」
「……『あなたに微笑む』……デスカ」
それを聞いたブレイクは、少し驚いたような表情を浮かべた。しかしその表情は、シャロンが疑問を覚えたと同時に笑顔に変わる。
「やっぱりこの花はお嬢様デスネ。私にいつも微笑んでいてくれる」
「私が……?」
ブレイクがあまりに嬉しそうに微笑むのとは反対に、今度はシャロンがきょとんとする番だった。少し遅れて言葉の意味が徐々に飲み込めてきて、シャロンは頬が熱くなるのを感じた。さらっとこんなことを言うのだ、ブレイクときたら。
「いつも私に微笑んでいてくれる。お嬢様はこの花よりずっとお綺麗デス」
「ふざけないでください、ブレイク。そんなことを、」
「私は本気デスヨ。お嬢様だってわかっていらっしゃるでしょう?」
にこりと笑って言われてしまえば、シャロンにそれ以上反論の言葉を口にすることなどできはしない。
いつもこうなのだ。彼はこちらにばかりやさしい言葉をくれて、こちらにばかり気を使ってくれて……。そんなところがもどかしくてたまらない。
なんだか彼を真っ直ぐに見られずに、シャロンは視線を外した。ブレイクが「おや」という表情をしたのが視界の端に映る。
「私だって……」
どうにもならないブレイクとの差分を悔しく思う気持ちが、シャロンの口をついて言葉になった。
「私だって、この桜があなたにとても似合うと思いましたのに」
口に出した言葉がとても恥ずかしいものだということに気がついたときには既に遅く。ブレイクの耳に入ってしまったそれが、彼の表情を緩ませるのが目に入った。
「ありがとうございマス。嬉しいデスヨ」
それだけなら良かったものの、彼がそのあと耳元で付け加えた一言に、シャロンはスカートに仕込んだハリセンをふるうこととなる。
「痛いデスヨー、暴力反対デス」などと痛がるふりをして逃げるブレイクも、それを追いかけるシャロンも、花瓶でそれを見ている桜の花も。きっと皆今年だけのものなのだろう。だから桜が散っても、少し先の未来に彼がいなくなったとしても、覚えていたいと思うのだ。
悪戯っぽく彼が耳に吹き込んだ、「お嬢様のほっぺたもピンク色で、かわいい桜みたいデスネ」の言葉も全部。
END.
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パンドラハーツ企画『Fleur』からの再録でした。これも初出は2010年の春コミです。ブレシャロ好きの友人にプレゼントしたSSでした。
再録:11.07.23.