オオカミと満月の午前二時
ふと目を開けると周りは真っ暗だった。夜明けにはまだ程遠く、空気も音もしんと静まり返って今が深夜だと伝えてくる。
隣のベッドではリーオがよく眠っているらしい。小さな寝息が聞こえる。起こしてしまわないようにエリオットはそっとベッドを抜け出した。
どうして目が覚めたのかは分からない。しかしもうひと眠り、と目を閉じる気にはなれなかったのだ。
小さなキッチンに立ち、水を汲む。こぽこぽと冷たい水をコップに注ぐうちに、ますます意識がはっきりしてきてしまった。
時計を見ると午前二時を指している。眠るには遅すぎて、起きるには早すぎる時間は真夜中。
どうしようか、と小さなため息をついて、少し迷った結果窓辺に座る。明りをつけるわけにはいかない。リーオが起きてしまうし、それに消灯時間はとっくに過ぎているのだ。月の明かりだけが今のエリオットに許された光源だった。
今夜は月あかりがとても強い。外を見て、ああ、満月か、と納得する。満ちた月に誘われたのかもしれない。
こつんと窓枠に額をつけてどうでもいいことを思い出す。昼間にあった、些細なこと。
「ザークシーズ=ブレイク!今日こそ一本取ってやる!」
「またですカ。懲りませんネェ」
ひゅっと剣を突き付けて対峙を要求するエリオットに、目の前の男……ブレイクはやれやれとため息をついた。面倒ならば理由をつけて断ってしまえばいいものを、ブレイクがそれを断ることは滅多にない。おそらく気分でない時ははじめからエリオットに会わないように身をかわしているのだと思う。そういうときはどこを探しても見つけることなどできないのだから。
だからこうして顔を合わせてくれただけで、きっと受け入れられている。
「一本だけですヨ?」
そして今日の結果もやっぱりいつもと同じで。
「本当に懲りませんネェ。お坊ちゃんの腕ではまだ私にはかなわないことくらい、わかっているでしょうニ」
「うるさい、今日はちょっと調子が悪かったんだ!」
わかっている、ブレイクの言うとおり、自分の腕ではパンドラ最強と言われるブレイクにまだ遠く及ばない。わかっているけれど、口に出して認めたくはない。
「27回目、ですヨ?そろそろ認めたらどうデス?」
「28回目はわからないだろう!」
「まぁそりゃ……そうですケド」
ブレイクの口調が明らかに子供に対するものなのもいらいらする。確かに初めに対峙を挑んだのは子供の頃だったけれど、今ではもう成人済みなのだ。子供ではない。
だというのにブレイクの態度はあれから全く変わらない。
駄目なのだろうか。それこそ一本取ってみせなければ大人扱いしてくれないのだろうか。
「……明日また来る」
「エー、私だって暇じゃないんですヨ?」
「知るか、そんなこと。いつもふらふらしているくせに」
そう言い残して帰ってきた。それがあったのが、半日ほど前のこと。
はぁ、とため息をつく。いいのだ、今は月しか見ていない。
言えるはずがないではないか、剣の勝負よりも会いに行きたいだけだなんて。そんなこと、口が裂けても言葉にできない。
純粋な憧れがその意味を変えたのはいつからだろう。それは気付かないほど自然にエリオットの中で育っていって、気付いた時にはすっかり溺れていた。
ブレイクのなにを知っているわけではない。レインズワース家の使用人で、パンドラに所属する契約者で、剣の腕は最強。考えたらそのくらいしか知らないのかもしれない、と思って胸の奥がつきりと痛んだ。どこの家の出なのか、若く見えるが何歳なのか、その程度のことも知らないのだ。
だというのにエリオットの心を奪っていくにはそれだけで十分だった。それこそ情報程度では左右できない程に。
『また来たんですカ?』
困ったように笑うその笑顔が好きだなんて、その表情を見るだけで胸が熱くなってたまらないなんて、絶対に言えるはずがない。
いつかは口に出せるだろうか。本当にブレイクから一本取ることができたとき?そんな日は来るのだろうか。
自分の力量が分からない程未熟ではない、わかっている。ブレイクに並ぶだけでもまだまだ遠く及ばないこと。そうだとしたら、いつになったらこの言葉は口に出せるのだろうか。
「……」
口に出そうとして、出せないことに気付く。誰も聞いていないことを知っていても言葉に出せない。そもそもなんと言ったらいいのか。
好き、というたった二文字。そんな恥ずかしいことは死んでも言えない。いくらか婉曲的に、と思ってもその意味を含む以上、口に出せそうな言葉は見つからない。逆ならいくらでも言えるのに。
『こんなに会いに来てくれるなんて、私懐かれちゃいましたかネ?』
そう言ったブレイクに、核心を突かれた恥ずかしさから言い返した。
『自惚れるな、お前なんか好きじゃない』
どうしてこんなことしか言えないのだろう。本当は会えるだけで嬉しいのに、こんな嘘しか口にできない。馬鹿みたいだ、と思う。
どうしても言えない言葉は胸にたまって渦巻くばかり。お前が大好きで、仕方ないだけ。
ふと、昼間図書館で見かけた本のことを思い出した。『占星術大全』、つまり早い話が星占いの本だ。それを見た瞬間ブレイクの星座が気になってしまった自分をエリオットは心の底から恥じた。なんて女々しいことを。
ああ、でも気になって仕方がない。あんなもの、ただの統計学にしか過ぎないのは知っている。でも裏を返せば正しく学問として認められているということで。邪な目的なんてない、なんとなく、なんとなく気になるだけだ。
『お前の誕生日を教えろ』
ストレートに聞けたらどんなにいいだろう。
明日また、会いに行く。そのとき聞いてみたいのに。率直に聞く恥ずかしさに色々と言い訳から考え始めてしまう自分をエリオットは自覚し、そしてもう一度ため息をついた。
そろそろベッドに戻ろう。眠れなくても身体を休めなくてはいけない。明日はブレイクに会えるのだから、寝不足になんてなりたくない。
でも眠れるだろうか。眠れないのも、悶々と考えてしまうのもやっぱり。
お前が好きで、大好きで、仕方ないだけ。
END.
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小説の更新がいつぶり?というくらい久しぶりですみません!そして久しぶりでブレエリですみません…。
ひっそりと自分の中でブームなProjectDIVA×パンドラ。今回は『オオカミガール』という楽曲で妄想しました。ブレエリを。ツンデレエリーがかわいすぎると思います。
2011.06.04.