Dreaming Sunday

  1. Home
  2. Novel
  3. なくしもの

なくしもの

それをギルバートにプレゼントした、というか押し付けた……のは、単なるオズの気まぐれだった。うんと譲歩しても、いやがらせ(とはいえ愛があるやつだ。そこだけは断らせてほしい)だったのだ。
黒い毛並みに金色の瞳をした、ギルバートの大嫌いな生き物を象ったマスコット。
「ギルのために買ってきたんだよ。大事にしてくれるよね?」。こんなふうに渡せば、きっと見るのも苦手な生き物とオズの命令の狭間で涙目になるに違いない。そう踏んだのだが……事態はオズの思っているのと違う方向へ進んでいった。
そうだ、オズの認識が甘かったのだ。ギルバートがどれほどオズのことを好きかどうかという、その認識が。

初めこそ、思った通りにことは進んだ。
渡した『それ』を、ギルバートは心から嫌そうな顔をして見つめた。しかしオズが「ギルのために買ってきたんだよ」と言ったところでそれが豹変した。
黄金色の瞳を揺らし、手に乗せられたものを改めて見つめる。触るのも嫌だと言いたげだった態度が徐々になくなっていき、最後には嬉しそうに「ありがとう」とまで言った。
その反応は意外なもので、オズは少しつまらなく思った。嫌がるギルバートに無理やり持たせて楽しもうと思ったのに。この計画は失敗だったかもしれない。次はもっとうまいいじめかたをしてやろう。
そう考え、そのあとギルバートにお茶を入れさせて、渡したものはすぐにオズの頭から消えてしまった。思いもしなかった、それがあの事件を引き起こそうとは。

その日オズの前に現れたギルバートは、何故かどんよりしていた。この頃ギルバートは仕事の都合上、本来の自宅であるアパートからパンドラ本部へ通うことが多くなっている。夜を一緒に過ごせることも少なくなって、少しつまらなく……本音を言うなら寂しく……思っていたのだが。
昼過ぎから降り出した雨が地面をすっかり濡らした頃に、仕事を終えたギルバートがオズの部屋へとやってきた。彼が湿気を纏っているのはあまり珍しいことではなかったから、オズが理由を尋ねたのはそれこそ軽い気持ち。またなにかやらかしたのだろう、としか思っていなかった。
そしてそれは実際その通りだったのだが、内容を聞いて、オズは一瞬だけ考えてしまった。
「……なんだって?」
訊き返したオズに、ギルバートはまるでこの世の終わりと言わんばかりの表情で呟く。
「だから……なくしたんだ。オズにもらったあれを」
なんだっけ、と喉元まで出かかって、寸前でそれを飲み込んだ。そしてそのことをすっかり忘れていた自分を少し悔やむ。忘れていたなんて言えるはずがない。きっとギルバートを傷つけてしまう。
「なに、持ち歩いてたの?猫、嫌いなのに」
「確かにあれは嫌いだが、……オズがくれたんだから」
少しだけ躊躇って言葉にしたギルバートに、オズは呆気にとられた。「猫」という単語すら口に出せない猫嫌いのギルバートが、猫のマスコットを持ち歩いていたという。つまりそれは、猫が嫌いな気持ちよりも、オズにもらったものを大切にしてくれたということで……。だとしたらなんという仕打ちをしたのだろう。
オズがそれを後悔する前に、ギルバートはコートを手にする。壁のフックから帽子を外すとドアへ向かった。
「探してくる。途中で落としたのかもしれない」
外に出るつもりなのだ。雨が降っているのに。
それに……。
「探してくる、って、お前……雨、降ってるのに」
「大丈夫だ。それよりも早く探さないと」
「待てよ、外に落ちてたらもう駄目になってるかもしれないじゃん。それより他のやつを買ってやるから」
「駄目なんだ。あれじゃないと駄目だ。すぐ戻る」
「ギル!」
とめる言葉は全く意味をなさず、ギルバートはそのまま部屋を出ていってしまった。
追いかけようかと少し迷って、結局オズはどさりと椅子に身体を落とした。ぐしゃりと髪を掻き乱す。
正直なところ、混乱していた。猫嫌いなギルバートが、持ち歩くほど大切にしてくれて。挙句、他のものでは駄目だと言う。その理由が、「オズからもらったもの」という付加価値のほうが遥かに大きいからだというのはもう明白だ。
「……ああ、もう!」
たまらなくなって、オズは大声で一人ごちていた。
そしてそれをしっかり聴かれていたのだと気付くのに、数秒。ドアに寄りかかっていた人物は、呆れたように呟いた。
「情緒不安定ですカ、オズ君」
「……いたの?」
「いたの、なんて失礼ですネ。確かに今来たところですガ」
ひょいひょいと部屋の中に入ってきたブレイクは、テーブルの上に置いてあったお茶菓子のクッキーを勝手にかすめていった。しゃくしゃくとそれを咀嚼しながらオズのほうを見た。オズに用事があったのではなくクッキーが欲しかったのだ。その様子はそうとも取れた。
「全く、君たちは落ち着きがなさすぎですヨ。ギルバート君といい」
「なんでギルが出てくるの?……ていうか、それオレのおやつなんだけど」
咎めてもブレイクは全く気にした様子がない。のらりくらりと言い逃れをされるうちに、クッキーは着実に減っていった。とうとう最後の一つになって、それを遠慮もなく摘んだブレイクが差し出したもの。
オズはそれを見てぎくりとした。それはギルバートが探していたものに他ならない。
「廊下に落ちてましたヨ。さっきギルバート君を呼びとめたのに、無視してくれまして。だからこれは埋め合わせにいただいておきマス」
オズにそれを押し付けて、ブレイクは一口で最後のクッキーをたいらげた。図らずも自分のところに戻ってきたそれに、オズは視線を落とす。
そうだ、これを見つけたとき、黒い毛並みに金の瞳なんてギルバートだと思って……。だからつい買ってしまったのに、すっかり忘れていた。ギルバートは気まぐれで押し付けたこれを、すごく大切にしてくれたのに。
ずきりと胸が痛んだ。こんなこと、ギルバートのことをないがしろにしたのと同じだ。なんて酷いことをしたのだろう。
「ああ、それから。ギルバート君に言っておいてくだサイ。そんなに大事ならしっかりしまっておきなさい、と」
全く今日一日腑抜けて仕事にならなくて大変デシタ、とブレイクはため息をつく。
オズは受け取ったそれを、落とさないようにポケットに入れた。そしてブレイクの隣をすり抜ける。
「オレのクッキー全部食べたんだから、貸しはなしにしといてよね」
「エエー、これっぽっちでおしまいですカ。ケーキくらいいただかないと割にあいませんヨ。そうですネ、今なら桃のタルトとか」
「わかった、ギルに作らせるから。あとでね」
軽口を叩いて部屋を後にした。
早くギルバートを見つけなくてはならない。雨の中で泣いていなければいいのだが。
探さなくてもいいのだと伝えなければいけない。オズのことを好きで好きでたまらないギルバートを、早く抱きしめてやらなくては。
物なんかでは伝わらない。ギルバートが好きだということと、そして少しだけごめんねを込めて。
強く抱きしめてやらなくては。


END.


+++++
ある日大切なものをなくして書きました。物であっても替えが利かないもの、きっとありますよね。


再録:2011.10.26.



Web拍手 twitter

Copy Right © Dreaming Sunday all rights reserved.