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ラベンダー、もしくは彼の手

「あれ」
その夜ベッドに入ろうと寝室に入ったオズを迎えたのは花の香りだった。
なんの香りだろう?香水?芳香剤?それらとは少し違う、仄かでやさしい香りが寝室を満たしていた。
正体はなんだろう、とベッドの側をうろうろしていると見つけた。小さな袋がベッドの柱から吊るされている。不透明の少しごわごわとした薄布に、口をリボンでくくられているそれ。それからふわりといい香りが漂っているのだ。
「オズ、寒いから早くベッドに入るんだ」
パタン、と後ろからドアの閉まる音がして、振り返ればギルバートが銀の盆を手に入ってくるところだった。もう寝るつもりでパジャマだけの薄着姿でいたことを気にしたのだろう。確かに少し寒いと思っていたところだったから、オズは小さく返事をするとおとなしくベッドに入る。
ギルバートが傍らの椅子にかけていたストールを取り上げて、そんなオズの肩にかける。それはもう、なんの淀みもない自然な仕草で。
そうしてオズがベッドに座ったところを見届けて、差し出してくるのはカップ。中には白いミルクが入っている。それからもほのかな甘い香りがした。
「ありがとう」
「少し生姜とはちみつを入れたんだ。温まる」
眠る前の飲み物にミルクなんて、と普段なら反発していたかもしれない。子供扱いをするなと。
でも今夜はこのミルクが嬉しかった。ギルバートがオズのことを心配して飲み物を作ってくれたのがよく伝わってくる、から。
「おいしい」
一口口に含むと自然に笑顔が浮かんだ。生姜の少し辛い味も、はちみつとまろやかに混ざって温かな舌触りへと作られている。
「良かった。寒くはないか?寒いならもう一枚布団を持ってくるが」
彼の心配する通り、季節は既に秋から本格的な冬へと移り変わりつつあった。気温差が激しく、体調を崩しやすい季節ということもあって心配なのだろう。そんな心配がくすぐったくて、オズはもう一口ミルクを飲み込むと首を振った。
「大丈夫だよ、十分あったかい。それよりギル、これ、なんの匂い?いい匂いだけど」
オズの質問の意味を、全て言われる前に思い当ったのだろう。ギルバートはほっとしたような表情を見せた。
「ラベンダーのサシェを入れてみたんだ。気に入ってくれたんだな」
「うん。なんていうか、ほっとする匂い、かな」
ラベンダーか。そう言われれば納得できる。オズの脳裏に小さな紫の花をつけるラベンダーが浮かんだ。時折部屋にも飾られているが、サシェ、匂い袋として使われるのは初めてかもしれない。
カップの中のミルクは残り少なくなっていた。それを少し名残惜しく見つめてから視線を上げて、オズは少し息を呑んだ。ギルバートが辛そうな表情を浮かべている。
「最近よく眠れていないみたいだから、……だから、少しでも落ち着けば、と思って」
その頬に手を伸ばしたい。衝動をなんとか堪えてオズは笑ってみせた。
本当は正しくないのかもしれない。辛いと泣いたほうがギルバートは安心できるのかもしれない。
でも今はまだできないから。ごめんね、と心の中で呟いて。
「ありがとう、ギル」
ああ、また。思っているのとは違うことを言ってしまう。
ここのところいろんなことがありすぎた。自分にもギルバートにも。ギルバートがそれを心配してくれているのも痛いほどわかっている。
「いいんだ。ほら、もう寝ろ」
どうするのが正解なのだろう。正しい答えなんてわからない。そして正しい答えがあるのかどうかもわからなかった。傷を癒してくれるのは、結局のところ時間だけなのかもしれないのだから。
オズは手元のミルクを見つめて少しだけ躊躇う。でも躊躇したのは本当に少しの間だけだった。
そのミルクを飲みほして、ギルバートにカップを差し出して。……代わりに彼の手を掴んだ。ギルバートがどきりとした表情をする。
「少しでいいから、いてくれる?」
「あ、え、えっと、……それは」
「一緒に寝てなんて言わないから。……お願い」
ギルバートはオズの眼を覗きこんでなお少し躊躇って、それからベッドの端に腰を下ろした。布団の中へ潜り込んだオズの手をきゅっと握ってくれる。
「……ありがと」
ギルバートと抱き合うことも、もっと強く確かめ合うことも、とっくに覚えた。でも今は自分もギルバートもそんなこと、きっとできない。だからこれが精一杯なのだ。
ギルバートの手を握ってオズは目を閉じた。温かくて大きな手が包んでくれている。部屋にはやさしい香りが満ちていて。
心地良かった。物足りなさは確かにあるけれど今はこれでいいかと、そう思える。
「おやすみ、ギル」
「……おやすみ」
ギルバートの片手が伸びて、オズの髪を撫でた。目を閉じていてもわかる。彼が少し辛そうな、でも愛おしそうな眼でこちらを見ていること。
いつか、今抱えているものが全てあるべきところへ収まったらもっと強く求めたい。ラベンダーよりも優しくて近しい香りで包んでほしい。
そのときを待ち望んで、今はラベンダーと彼の手のぬくもりの中で、夢を見る。


END.


+++++
再録以外でのNOVEL更新が久しぶりですね。CPは曖昧です。オズギルでもギルオズでもお好きなほうで。
最近発売されたオズギルサシェ(違う)がラベンダーの香りだったので妄想。しかし思いのほかシリアスに。最近の本誌の展開あたりの二人、かな?


11.11.26.



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