消したいかおり
「あれー、ギル、それなに?」
パンドラにある自室に帰宅してコートをギルバートに押し付けて。一足先にどかりとソファに腰を下ろしたオズの目に入ったもの。
それはギルバートが自分の黒いロングコートになにやらスプレーをかけている様子だった。スプレーの中に入っているのは水ではなさそうだ。
「ああ、臭い取りだ」
「におい?」
なにか気になるにおいでもついたのだろうか。今日は異臭のするような場所には行かなかったはずだが。オズは考えを巡らせるが思い当たらない。
もし今日どこかでにおいがついて、それが気になるなら自分の外出用コートにもかけるのではないか。そこまで考えてようやく理解した。
「気にしてたの?バカだな〜」
「だっ……だって、オズが嫌がるから、」
にやにやしながら指摘すると、ギルバートは途端に焦った表情になって言い訳を呟く。
彼が消したいのは煙草の臭い。確かに少し前にギルバートに抱きついたとき煙草のにおいがしたのでそれを口に出したことがある。しかしここまで気にしているとは思わなかった。
「それであれからこんなの使ってるんだ?」
「……だって、気になるんだろう」
なんだかとても楽しくなってきて、オズはさきほどの足取りが嘘のように軽々とソファから立ち上がるとギルバートからスプレーを引ったくった。ついでに彼の黒いコートの裾を手にとる。
鼻を近づけると確かに煙草の臭いはしない。そのかわりに人工的な香料のにおいが鼻をついた。この香料は好きじゃない。
「うーん、これはダメだな。却下」
「……え?」
スプレーをギルバートに投げ返す。ギルバートはあたふたとそれをキャッチした。そしてオズからのダメ出しに目をまたたかせる。
「このにおいのほうが嫌だ。だからこれは禁止な。あと他の消臭剤もダメだから」
「え……、それじゃ臭いが取れない……」
世にも情けない顔をするギルバートはやはり相当鈍い、とオズは苦笑した。
「いいんだよ、それで」
煙草くさいとは言ったけれど、それが嫌だとは言っていない。少し悔しいけれど、今では煙草の臭いはそれほど嫌いなものではなくなってしまった。ギルバートの一部だと思えば愛しくすらある。だから消すことなんてしなくていいのに。
ギルバートはそれに気付くだろうか。鈍感だから気付かないのかもしれないけれど、いい加減気付くべきなのだ。
そしてもっと自信を持てばいい。ギルバートのどんな部分でも、大好きだと言える自信がオズにはあるのだから。
END.
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いつかの拍手SSでした。通称「ファ○リーズギル」です。
再録:2011.06.19.