Chocolate taste
「ギル、お前まずい」
愛してやまぬ主人から唐突に告げられたその言葉。それはギルバート=ナイトレイにとって死刑宣告にも等しい言葉であった。
「なっ…ななな…オズ、それはどういう…」
堂々とオズを抱きしめ、気持ちを伝えられる。それはあくまでも“ギルバート基準で”堂々と、ではあったのだが、ようやく訪れた日々を幸せだと思っていた。しかしそうではなかったのか。オズはやはり不満だったのだろうか。
動揺に言葉がどもるギルバートに、オズはあっさりと言った。
「煙草の味。まずい」
なんだ、煙草の話か。そう思って一旦はほっとしたものの、思い直す。煙草の味を消せということは、つまりは煙草をやめろ、禁煙しろということだ。
「……すまん」
「あーあ、成人してるってもオレはまだ15だよ?そんなオレに煙草の味なんか味わわせるんだぁ。ギルは酷い奴だよなぁ」
「しかしっ…」
いつものとおり、軽い口調でにっこり笑ってこちらを責める。そんなオズを前におろおろすることしかできないのがギルバートの欠点だ。
「オレのためなんだよ?できるよね?禁煙」
にっこり微笑む主人は天使の笑顔で鬼のような言葉を吐いた。そのかわいさと残酷さに目眩すら覚えたのに、ギルバートは「わかった」と言うしかなかった。
拒否の言葉などオズ相手には口にできない。オズに頭があがらないのは10年前も今も変わりがなかったのである。
しかし、今まで八回試み全て失敗しているものが簡単にできるわけはなかった。煙の臭いを見付けられる度に、「まだできないの?オレより煙草が大事なんだ、そうなんだぁ」と満面の笑みでオズに言われる。
やめたいと思っているのは確かだ。しかしニコチンは確実にギルバートの体に浸透していた。追い出すのは至難の技だ。
ついに痺れを切らしたらしいオズに「禁煙するまでキスしてやらないからな」と言い渡され…ギルバートは決意した。これはもうアレを使うしかない。今までアレだけはと思っていたが、背に腹は変えられない。つまりオズのキスに比べればプライドなど安いものだったのだ。
「親父」
「おっ、兄ちゃんいらっしゃい。いつものかい?カートン?」
「…いや、今日は違うやつだ。アレをくれ」
「アレ?兄ちゃんがアレかい?」
「別にいいだろう。早くくれ」
「はいよー。しかし兄ちゃんがねぇ。珍しいこともあるもんだ」
代金と引き換えに煙草屋の主人から『アレ』を受け取り、ギルバートはそそくさと店をあとにした。こんなものを買っているところを見られたらなんとからかわれるかわかったものではない。アリスはこういうことには詳しくないからなにも言わないだろうが、ブレイクやシャロンあたりに見付かったらいいおもちゃにされることは必至。
幸いなことにして、そんなギルバートを呼び止める者は現れなかった。
「……オズ」
「なーにー、……?」
勇気を出してオズを呼び止める。今日こそは大丈夫のはずだ。
振り返ったオズは不思議そうな表情を浮かべた。においに気付いたらしい。すぐにわかるようではこの方法もだめだろうかと不安がよぎるが、試す前に諦めてどうする!と自分を叱咤する。
「その…今日は、苦くないと思う。だから…」
「ふーん…?ま、いっか。じゃあギルの味見をしてやるよ」
「オズ…っ」
味見をする、などと15の少年が口に出すものではないだろう、と言いかけたセリフはオズの唇に塞がれた。
ギルバートが目を閉じる前に一瞬、オズの顔がアップで視界に入る。閉じた目の長い睫毛が綺麗だ、と思った。見た目はこんなにあどけない様子の少年なのに、一生敵うことはないだろう。
それでもいい。オズは主人なのだから、一生上に立ち続けていてくれればいいのだ。
目を閉じたギルバートの唇をオズがぺろっと舐めた。顔を離して不思議そうな表情をする。
「あまい…なに、この味。お前、お菓子でも食った?」
「いや…煙草を変えた」
オズにポケットから出した箱を見せる。甘い香りと味のついた銘柄だ。当然こんな煙草を好むのは女性が多い…故にギルバートがこれを買うのはかなりの勇気を要したのである。
しかしオズはそれにちらっと一瞥をくれただけではっきり言った。
「そう。それは却下。オレは禁煙、って言ったの。結局吸ってるんだからそれはダメ」
「え……、しかし、苦いのが嫌なんじゃ」
オズは苦いのが嫌だと言ったのだから、苦い味をやめれば問題なしかと思ったのに、とギルバートは動揺する。するとそのおでこをぱちんと弾かれた。
「つっ…」
「バーカ。お前、ほんとにバカだよ。頭悪くないくせに、ほんとに大バカ」
「な、何故だ…?苦くないならいいじゃ…」
「わからない?だからバカだって言ってんの。いいか、今度こそ禁煙しろ。次に変な味がしたら二度としてやらないからな」
「え、え…?オズ…っ?」
変な味、なんて。オズは甘いものが好きだから気に入ると思ったのに、と混乱するギルバートの前で、オズがぼそっと呟いた。
しかしそれにはっとしたギルバートが顔をあげると、オズはにこっと笑って「だから禁煙。今度こそやれよ」と言い残して行ってしまう。残されたギルバートは呆然と立ちすくんだ。
なんだか今物凄い口説き文句を言われた気がする。
しかし気のせいかもしれない。オズがそんなことを言うわけ…。いや、美辞麗句がさらっと出てくるオズのことだから、仮に本当でもそんなたいした意味ではないのかも…。
オズの姿が見えなくなっても、ギルバートは情けなくもぐるぐる考え続けていたのだった。
『だってお前の味がしないじゃん』。
END.
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パンドラ初小説でした。
書き始めたときはまだギルオズだと信じていたので、ギルが多少なりとも(笑)攻めっぽいですね。でもラストに近づくにつれてオズギルっぽくなってしまい、アレ?と思った記憶があります。二人の口調も関係も、まだ手探りでした。
09.12.09.