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an apple a day ver.ギルオズ

とびきり甘くて、とびきり酸っぱいアップルパイが食べたかったのだ、と思う。


「ねぇ、アップルパイを作って」。
オズからのおねだりに、快く良い返事をしたギルバート。明るい陽のさすキッチンで、鍋の前に立つのをオズはリビングのソファに座って眺めた。
アップルパイを作るには、まず林檎を煮込んで、それから生地に包んで焼くのだ。手順を思い出して、ギルバートの行動を予想してみる。
自分で作ったことはない、というか、包丁も鍋も、持ったことすらないオズには想像の範囲を超えなかったが、それは楽しい想像だった。
甘く煮た林檎を黄色い生地を伸ばしたところへ乗せて、くるんと包んでそれからオーブンへ……。
あれ、それでは生地はいつ作るのだろう。そもそも生地はどうして作るのだっけ。確か小麦粉とかお砂糖とかを色々こねるのだと思ったけど、と見ている先で、ギルバートが小さな鍋の林檎をかき混ぜる。
林檎は鍋に入れたばかりで、甘い匂いがしてくるにはまだ早い。小さく切られた林檎同士が鍋の中でぶつかる、ころころという小さな音が聞こえてくる。
黒いエプロンをつけて、髪を後ろでくくったギルバートが鍋の中の林檎たちを眺めているのに、何故だか少しだけ心がささくれた。ここからでは見えないけれど、きっと鍋の中の林檎を見つめるその顔は微笑んでいるに違いない。
想像して、馬鹿か、と自分に呆れた。アップルパイを作って、とお願いしたのは自分で、ギルバートは自分のために林檎を煮ているというのに。
それさえ寂しいと思うなんて、矛盾している。
「ギル」
思わずギルバートを振りかえらせるための言葉が口をついていた。
用事などない、強いて言えばこちらを見させたかっただけ。それだけのために呼んだ名前に、ギルバートはくるっと振り向いた。その表情を見て安心する。
「なんだ、オズ。まだできないぞ?」
「わかってるよ。あのね、アイスクリームも一緒に付けてほしいな」
それはただの口実。ただ顔が見たかったから、なんて言ってやるほど優しくはなかった。
ギルバートはそんなオズの内心には気付かないのだろう、その言葉をそのまま受け取って少し眉を寄せる。
「もう大分寒いだろう。冷たいものはあまり良くない。ホイップクリームならつけてやる」
「ん、じゃあそれでいいや。うんと甘くしてね」
「仕方ないな」
オズの視線の先で、ギルバートがほろりと微笑む。花が零れるような笑みに、つい一瞬時を忘れた。それは全く、小さな薄紫の花が音もなく木から零れ落ちるような、そんな笑い方だった。
見とれていたのだ、と気付くまでに数秒。自覚した瞬間頬が熱くなった。ただ微笑まれただけなのに、こんなに胸を熱くして。
自分の身体に思い知らされてしまう。
どんなにギルバートのことを想っているかということ。林檎に意識を移しているだけで嫉妬してしまうくらい。微笑んでくれただけで嬉しくなってしまうくらい。
そのくらい、……たくさん。
「オズ?」
オズのその様子に、ギルバートが首をかしげる。火を確かめる仕草をして、それからオズのいるリビングのほうへ足を向けた。
どきりと心臓が高鳴る。今近付かれるのはちょっとだけまずい。どれだけ鼓動が速いか知られてしまう。
でも確かにあった。この速さに気付いてほしいと願う、期待する気持ちが。
「少し顔が赤い。熱でもあるんじゃないか」
「そんなことない!ギル、お鍋、ほったらかしにしていいの?」
「火を弱めたから大丈夫だ。あとは煮込むだけだから少し放っておいていい。それより一回熱を測って……」
普通気付くだろう、とオズは内心少し呆れた。ギルバートときたら、本気で薬箱を開けたりしている。仮にも恋愛関係にあるというのに、頬を染めているのが熱のせい、だなんて鈍感もいいところだ。
自分ばかりこんなドキドキさせられるなんて許せない。ギルバートのくせに生意気だ。
よってオズは薬箱をローテーブルに広げていたギルバートのエプロンを引っ張った。
「熱なんてないんだから。それよりもちょっといい?」
「なんだ、オズ……っ!?」
こちらに顔を向けたギルバートの頬を素早くかすめとる。滑らかな感触の頬にくちびるをつけて、オズはにこりと笑った。心臓は激しくドキドキしているけれど、きっとすぐあいこになる。
思った通り、ギルバートは茫然とオズのくちびるの触れた頬に手をやり、数秒のちにそこを赤く染めた。
「なっ……、なにを、」
「あれ、ギルも顔、赤いね。熱でもある?」
笑顔で言ってやると、ギルバートはもごもごと言葉を詰まらせた。なにか言っているらしいが、声が小さすぎてオズの耳には届かない。
瞬時にへたれの顔になってしまったギルバートにオズは満足する。やっぱりギルバートのちょっと情けないこの表情が大好きだ。
「ギルも甘いもの、食べたいんじゃないの?特別に一つ、あげようか」
自分のくちびるにちょん、と触れる。
あげようか、なんて傲慢もいいところだ。ギルバートを味わいたいのは本当は自分のほう。でもこう言ったほうが、きっとギルバートはドキドキするから。
ギルバートの手は落ち着きなくエプロンの裾を弄っている。そんなギルバートにオズはそっとくちびるを近付けた。
「甘いもの、食べさせてよ。アップルパイができるまでなんて、待てない」
躊躇うギルバートがオズのくちびるに触れてくれるまでには、まだもう少しかかるだろう。甘くて酸っぱいアップルパイよりも、もっと甘くて刺激的なギルバートのくちびるを味わいたい。
キッチンからは林檎が煮込まれる、甘酸っぱい匂いが漂ってきていた。その香りに誘われるように、ギルバートが手をぎゅっと握るとエプロンを離し、オズへと手を伸ばす。 目を閉じながら、林檎の甘い香りとギルバートの感触を待った。
やわらかな彼のくちびるが触れるまで、あとほんの数秒待てばいい。


END.


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「りんごをテーマに」オズギル&ギルオズ。こちらはギルオズver.です。
オンリーにて無料配布させていただいたペーパーSSでした。


再録:2011.06.19.



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